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冷蔵庫
目が覚めたら、私はワンルームの小さな空間にいた。
昨日の夜は、三叉路の突き当りにある小さな店で 2杯目のファジーネーブルを飲んでいたところまでしか記憶が無い。
私はアルコールにとてつもなく弱いのだ。
もちろん、ここがどこで、ここに居る理由が何かも全く分からない。
「おはよう」
どこからか低い声が聞こえて来た。
動かせる範囲で目を動かしてみるが、視界には家具ひとつない殺風景な部屋と、自分が今座っている真っ白なシーツしか入らない。
「ここだよ」
もう一度、今度は はっきりと声が聞こえた方向に体を向けた。
よく見ると、真っ白い 2ドアの冷蔵庫がある。
そして開いている扉の中で、全裸の男が膝を抱えて座っていた。
「…何でそんなところにいるの?」
「ここが僕のベッドだからさ」
「でもそれ、冷蔵庫でしょう?」
男は嘲るように笑って、分からないか、と言った。
「この部屋には冷蔵庫が無いんだ。なぜならこの部屋が既に無限の小宇宙だから」
その答えを聞いて、私は立ち上がった。
「じゃあ、永遠にそこにいれば?」
そして私は小宇宙のドアを開け、朝陽の輝くすばらしい地球に帰った。
2017/05/27(土)
20:54
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kitten
「猫を買ったんだ」
彼は嬉しそうに近況を話し始めた。
「君がいなくなってから、なんだか寂しくなってね。
それでペットショップに行ったら、凄く可愛い子猫がいて。
すごく高かったんだよ、16万もしちゃった」
私は、どんな猫をかったの、と訊いた。
「ふわふわの子猫だよ。昔の君みたいな毛の色をしてるんだ。
ちょっと待ってね、スマホに写真が…
スマホもね、先週機種変更したんだ。
すぐ落としちゃうから、今度は大事にしないと… あ、あった」
彼はそう言いながら、私にスマホを見せた。
傷だらけで画面の割れたスマートフォンには、何もない真っ白な部屋が写っているだけだった。
2017/05/25(木)
22:07
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動物園の思い出
駅前の歩道橋の上で、偶然昔好きだった人に会った。
気付かない振りをして通り過ぎようか迷っているうちに、向こうに気付かれて声をかけられた。
「久しぶり、本当に久しぶり」
仕方なく会釈をして、お久しぶりです、と返事をする。
何年も連絡を取っていなかったし、もう二度と会うこともないだろうと思っていたので、どんな反応をすればいいか分からなかった。
なのでそれきり黙っていると、彼は少し困ったように笑いながら「せっかくだから、お茶でも飲もう」と言って、近くのカフェに私を誘った。
「元気にしてた?」
お互いに珈琲を一口飲んでカップを置いたタイミングで、彼が口を開いた。
私は無言でこくり、と頷いた。
そもそも疎遠になったのは、彼が音信不通になったからだ。
元気でなかったとすれば、それは彼の方だろう。
「いつもこの辺りに来るたびに会えないかなって思ってたんだけど、本当に会えると思わなかった」
まるで会いたかったかのような口ぶりで彼が言う。
段々思い出してきた。
この駅には一度、二人で来たことがあったのだ。
あれは、そう、確か、7年前の。
「7年前の僕の誕生日に、動物園に行ったね」
そして思い出す。
その日が月曜日だったこと。
少し雨が降っていたこと。
彼が何か月も前から、その日をとても楽しみにしていたこと。
「覚えてる? さっき会った歩道橋から、歩いて動物園に行ったよね」
それから彼は、堰を切ったように思い出話を始めた。
「開園と同時に入って、最初にパンダを見ようって言って、向かう途中に、僕にそっくりなキリンがいてさ。
二人で笑いながら写真を撮ってたら、パンダは行列が出来ちゃってて、仕方なく 2時間並んで。
でも、君と一緒だったから、全然苦じゃなかったな。
君は少し疲れたみたいだったけど、ソフトクリームを買ってあげたら元気になって安心したのを覚えてる。
本当に楽しかったな、大人になってから一番楽しい誕生日だった」
私は一つも相槌が打てないまま、曖昧に首を傾げて彼の話を聞いていた。
彼にそっくりなキリンも、2時間並んで見たパンダも、彼が買ってくれたソフトクリームも、私は知らない。
だって。
私達には、動物園に行った記憶など無いのだ。
2017/05/25(木)
01:31
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author : cocoa
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