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私達は砂漠にいた。
目の前には古びた螺旋階段があり、満月に照らされて暗い夜空に永遠のように伸びている。

「どうする?」

ペットボトルの水を飲みながら彼が訊ねる。
夕方オアシスでペットボトルに汲んだ水が、二人のリュックにたくさん入っている。
しばらくは水の心配はいらないだろう。

「行くしかないわ」

彼が力強く頷く。
私達は覚悟を決めて階段を昇り始めた。


鉄筋の螺旋階段をひたすら昇り続ける。
いま、地上何メートルくらいだろう。

「知ってる?砂漠のことわざで、階段を昇り切った先にはコブラがいるんだって」
「何よそれ、聞いたことないわ」
「だろうね。今、俺が思い付いたんだから」

後ろからついて来ている彼がにやりと笑う。
その顔がやけに憎たらしかったので、蹴っ飛ばすわよ、と言ってかかとで軽く彼のおなかを小突いた。

「だけどこの階段、まるでコブラの腹の中みたいだと思わないかい」

そう言われて、足下を見る。
昇って来た階段は既に真っ暗な闇に飲まれ、ほとんど見えなくなっていた。

「コブラに飲まれそう」

彼がまたにやりと笑う。
私達は満月の明かりだけを頼りに、コブラの腹の中を延々と昇り続けた。
 
2017/06/23(金) 23:31 [001] PERMALINK COM(0)
 
昔、とても好きな人がいた。
彼に会った最後の日のことを、私はよく覚えていない。

笑って皆に手を振って帰って行ったことだけは覚えてる。
その時も、私とだけは目を合わせなかった。
当然だと思った。
私は、それだけのことをしてしまったのだから。


「もう二度と会えないね」

私の考えていることを見透かしているかのように彼が言う。
あの日から、彼はずっと私の隣にいる。
もちろんこれは幻だ。私以外の人間には見えない。

「あなたがいるからいいの」

彼が羽根のように軽い手で私の髪を撫でる。
私にしか見えない彼は、全て忘れて水に流したかのように私に優しい。
あの日終わるはずだった私の恋は、今もこうやって幽霊を相手に続いている。

私はいつまでも最終回を迎えられない。
 
2017/06/22(木) 22:36 [003] PERMALINK COM(0)

 
「最近、頭の後ろが痛いんだ」

彼が首の後ろを押さえながらぽつりと愚痴を言った。

「大丈夫?病院は行った?」

彼は首を横に振ってため息をつく。
よく見れば顔色が少し悪い。

「大丈夫、病院に行くほどじゃないんだ。
 でも、今までこんなこと無かったのに、どうしてだろう」

私は真顔で言った。

「実は、寝てる間に私が一本ずつネジを抜いてるの」

彼の動きが一瞬固まった。
それからとても神妙な顔つきになり、納得したというように頷いた。

「だから痛かったのか。ネジを返してよ」

彼はまた首の後ろを押さえながら、真剣な表情で私に迫った。
私はため息をついて、彼のおでこを思いっきり叩いた。

「いいからさっさと病院に行って」
「どうして」
「あなたが悪いのは頭よ。きっと重症だわ」

ばかばかしくなったので、立ち止まっている彼を放って先に歩き出した。
残された彼は私の姿が見えなくなるまで、
「でも、ネジを返してくれなきゃ治らないよ」と叫んでいた。
 
2017/06/21(水) 21:17 [001] PERMALINK COM(0)
 
その日私は、いつもより遠くに出かけた。
特に理由は無く、ただ少し遠くまで散歩したいと思ったからだ。
そして帰り道、迷って知らない場所にたどり着いてしまった。


2時間ほど彷徨ったが、どうしても帰り道が分からないので、諦めて道を尋ねることにした。
幸い、人は何人かいる。
その中で、後姿が昔好きだった人に似ている男性がいたので、何となくその人に声をかけた。

「あの、すみません。道をお尋ねしたいのですが」

声をかけると、男性がぱっと振り向いた。
その顔を見て、私は驚いた。
振り向いたのは、ずっと会いたいと願っていたあの人だったのだ。

「ずっと会いたかった」

こんな奇跡のようなことがあるなんて。
嬉しさのあまり、思わず彼に抱きついてしまった。
すると彼が「俺も」と言って、優しく私の髪を撫でた。

「家、すぐそこなんだ。お茶でも飲んで行けよ」


私は喜んで彼に着いて行った。
彼の家は本当にすぐ近くの、3階建ての小さなアパートメントの最上階にあった。

「何もないけど、びっくりするなよ」

そう言いながら彼が鍵を開けて先に入る。
本当に何もない部屋だった。
備え付けと思われる電化製品以外は、家具も、ベッドも、カーテンさえ無い。
物らしい物といえば、床にスーツケースとバックパックが一つずつあるだけだった。

「引っ越しでもするの?」

彼があいまいに頷いて、冷蔵庫からペットボトルを取り出す。

「明日から、海外に行くんだよ、俺」
「いつまで?」
「たぶん、一年くらいかな」

そんな、やっと会えたのに。
そう言いたかったが、彼が微笑みながら私の頭を撫でたので言えなかった。

「帰ってきたら、教えてね」
「おう」


私はお茶を一杯だけ飲んで、離れられなくなる前に部屋を出た。
階段を下りて振り返ると、彼がベランダに出て手を振っていた。
目を細めて手を振る彼に、声を張り上げて訊ねる。

「また会える?」

もうこれっきり二度と会えないのではないかと不安だった。
だけど彼は笑って頷いた。

「当たり前だろ。だって、これは全部お前の夢なんだから」


一瞬で視界が暗転する。
そうだ、全部夢だったんだ。

いつも、彼と別れるところで目が覚める。
目が覚めると彼はいない。
こんなことがもう15年続いている。


だけど何もつらくない。
もう二度と会えないから、こんなにも安心して好きでいられるのだ。

「これが『永遠』なんだわ」

彼の記憶をなぞりながら、私は二度と変わらない永遠を噛みしめた。
 
2017/06/20(火) 22:42 [003] PERMALINK COM(0)
 
一か月前、私は彼に言った。
「来月、私の誕生日なの。覚えておいてね」
彼は「もちろん」と返事をした。

一週間前、私は彼に言った。
「来週、私の誕生日なの。覚えておいてね」
彼は「わかってる」と返事をした。

前日、私は彼に言った。
「明日、私の誕生日なの。覚えておいてね」
彼は小さく「ああ」と返事をした。


今日、私はつづら折りの坂道を歩きながら彼を探していた。
家から持ってきた氷水のバケツがひどく重かったが、
昨日の私の苦しみに比べれば、こんなものは苦痛ですらなかった。

思った通り、彼はいつも仕事場にしている喫茶店にいた。
今日も珈琲一杯で何時間も粘って仕事をしていたのだろう。
遠目でも灰皿に吸い殻の山が出来ているのが分かる。

「昨日、私の誕生日だったの」

すぐ側に立ち、彼に告げる。
彼は顔も上げず、ああそう、と気のない返事をした。

「覚えておいてねって言ったのに」

私は氷水のバケツを持ち上げ、彼の頭上を目がけて思いっきり振り下ろした。
バケツの中身は見事彼とテーブルの上のMacBookにクリーンヒットした。
彼の自慢のMacBookがバチバチと放電している。


ようやく彼が顔を上げた。
彼は今にも泣きそうな顔をしていた。

「泣きたいのは私の方よ」

私は空になったバケツを持って、うなだれる彼を放って店を出た。
彼はまもなく新しいMacBookを迎え、その誕生日を祝うだろう。
つづら折りの坂道を登りながら、私は生まれ変わった一日目を始めようと思った。
 
2017/06/19(月) 20:31 [001] PERMALINK COM(0)
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