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パンとエスプレッソ
早朝のまだ店の開いていない通りを歩いていたら、ポケットからポン、と間抜けな音が聞こえた。
携帯電話を取り出して確認する。 間抜けな音が知らせたのは彼からのメールだった。
「こっちに来てるなら、連絡くれればよかったのに」
誰もいない路地裏を歩きながら片手でメールを打ちこむ。
画面を閉じる間もなく、すぐに新しいメールが届く。
「今、国道沿いのカフェで朝食を食べてるよ」
私もすぐに返事をする。
彼が今いると言ったカフェは、私もよく知っている店だ。
店内で焼き上げたパンとそれで作られたサンドウィッチ、そしてマスターがこだわって淹れるエスプレッソが絶品なのだ。
だけどここからはずいぶん遠い。
今から来いと言われても、それは不可能だろう。
羨ましい、と短いメールを返した。
すぐに返信が来る。
彼は今、サンドウィッチを片手にエスプレッソを舐めながらメールを送っているのだろう。
サンドウィッチの中身はたぶんトマトとレタス、それからベーコン。
なぜなら彼はシュリンプが大嫌いだから。
「会いたかったな」
微かにエスプレッソの香りが漂った気がした。
そうね、私も会いたかった。
銀色のオーブンから出したばかりの、こんがり香ばしい焼きたてのバゲットに。
2018/02/28(水)
21:48
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エメラルド
そこにたどり着くまでには、長い時間と労力を要した。
辺りは静寂で包み込まれ、人ひとり通る気配がない。
最後に人と遭ったのはどのくらい前だったか。
もうすっかり真夜中だが、等間隔に設置された街灯が道を照らしているし、
たまに現れる高層タワービルにはいくつかの灯りが点いているので視界は意外に明るい。
しかし、目的地に近づくにつれて光の数は明らかに少なくなっていった。
先ほどまで30メートルおきに並んでいた街灯も、今では100メートルおきにまで減っていた。
ここで、道が途絶える。
手前に見える螺旋階段をエメラルドグリーンの街灯が照らしている。
どうやらあれを昇って先に進むらしい。
螺旋階段を昇り切ると、もうほとんど光はなかった。
持ってきていた小型のペンライトで足下を照らして先へ進む。
そこで自分が裸足で歩いていることに気付いた。
不思議と足は少しも痛くなかった。
突然、空気の流れが変わった気がしたので顔を上げると、そこが道の終わりだった。
目的地に着いたのだ。
道の最果てには、エメラルドグリーンに輝く夜の海と、銀色のパンプスが待っていた。
私はパンプスに足を入れて、サイズがぴったりであることを確かめた。
夜が明けるまでには、まだしばらく時間がかかるだろう。
やっとたどり着いた闇の向こうで、赤い航空障害灯がチカチカといつまでも点滅していた。
2018/02/24(土)
02:37
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