夕方のハンバーガーショップは閑散としていた。
私はバニラシェイクを啜りながら、フライドポテトを追加しようか迷っていた。
テーブルの向こうで、彼が大きな口を開けてハンバーガーをほおばっている。

「ハンバーガー、好きなのね」
「アメリカにいた頃によく食べてたからね。でも、こっちの方が美味しいよ」

口の周りにケチャップをたっぷりつけた彼が嬉しそうに笑う。
そして突然何かに気づいたように顔を曇らせ、そのままうつむいた。

「僕の事、好き?」

彼が不安げに上目づかいで訊く。
大丈夫、愛してる。
5年後はわからないけどね。
私は思った言葉をシェイクと一緒に飲み込んで、代わりにニッコリ微笑んで一言こう言った。

「I'm lovin' it」
 
2017/06/25(日) 22:23 [001] PERMALINK COM(0) TB(0)
 
大勢の人がいた。
私は、その大勢の中の一人でしかなかった。
埋もれたくない、と思った。
そして、皆消えて私だけになればいいのに、と祈りながら目を閉じた。
そこで意識が途絶えて、次に気が付いた時、私は地面に這いつくばっていた。

この匂いは。

朦朧とした意識の中、微かに漂う懐かしい香りに目を開けた。
逆光でよく見えないけれど、シルエットで彼だと分かった。
女の私より長い金髪が太陽に照らされてキラキラと光っている。

「お前しか残らなかったか」

彼が私の目前に膝をついた。
罪深い彼の香りが鼻孔をくすぐる。
私以外にいた人間は皆死んだ。
私は精一杯の力を振り絞って微笑む。
祈りが届いたのだ。
 
この匂いが分かるのは、世界中で私一人だけでいい。
 
2017/06/24(土) 23:08 [001] PERMALINK COM(0) TB(0)
 
私達は砂漠にいた。
目の前には古びた螺旋階段があり、満月に照らされて暗い夜空に永遠のように伸びている。

「どうする?」

ペットボトルの水を飲みながら彼が訊ねる。
夕方オアシスでペットボトルに汲んだ水が、二人のリュックにたくさん入っている。
しばらくは水の心配はいらないだろう。

「行くしかないわ」

彼が力強く頷く。
私達は覚悟を決めて階段を昇り始めた。


鉄筋の螺旋階段をひたすら昇り続ける。
いま、地上何メートルくらいだろう。

「知ってる?砂漠のことわざで、階段を昇り切った先にはコブラがいるんだって」
「何よそれ、聞いたことないわ」
「だろうね。今、俺が思い付いたんだから」

後ろからついて来ている彼がにやりと笑う。
その顔がやけに憎たらしかったので、蹴っ飛ばすわよ、と言ってかかとで軽く彼のおなかを小突いた。

「だけどこの階段、まるでコブラの腹の中みたいだと思わないかい」

そう言われて、足下を見る。
昇って来た階段は既に真っ暗な闇に飲まれ、ほとんど見えなくなっていた。

「コブラに飲まれそう」

彼がまたにやりと笑う。
私達は満月の明かりだけを頼りに、コブラの腹の中を延々と昇り続けた。
 
2017/06/23(金) 23:31 [001] PERMALINK COM(0) TB(0)

 
「最近、頭の後ろが痛いんだ」

彼が首の後ろを押さえながらぽつりと愚痴を言った。

「大丈夫?病院は行った?」

彼は首を横に振ってため息をつく。
よく見れば顔色が少し悪い。

「大丈夫、病院に行くほどじゃないんだ。
 でも、今までこんなこと無かったのに、どうしてだろう」

私は真顔で言った。

「実は、寝てる間に私が一本ずつネジを抜いてるの」

彼の動きが一瞬固まった。
それからとても神妙な顔つきになり、納得したというように頷いた。

「だから痛かったのか。ネジを返してよ」

彼はまた首の後ろを押さえながら、真剣な表情で私に迫った。
私はため息をついて、彼のおでこを思いっきり叩いた。

「いいからさっさと病院に行って」
「どうして」
「あなたが悪いのは頭よ。きっと重症だわ」

ばかばかしくなったので、立ち止まっている彼を放って先に歩き出した。
残された彼は私の姿が見えなくなるまで、
「でも、ネジを返してくれなきゃ治らないよ」と叫んでいた。
 
2017/06/21(水) 21:17 [001] PERMALINK COM(0) TB(0)
 
一か月前、私は彼に言った。
「来月、私の誕生日なの。覚えておいてね」
彼は「もちろん」と返事をした。

一週間前、私は彼に言った。
「来週、私の誕生日なの。覚えておいてね」
彼は「わかってる」と返事をした。

前日、私は彼に言った。
「明日、私の誕生日なの。覚えておいてね」
彼は小さく「ああ」と返事をした。


今日、私はつづら折りの坂道を歩きながら彼を探していた。
家から持ってきた氷水のバケツがひどく重かったが、
昨日の私の苦しみに比べれば、こんなものは苦痛ですらなかった。

思った通り、彼はいつも仕事場にしている喫茶店にいた。
今日も珈琲一杯で何時間も粘って仕事をしていたのだろう。
遠目でも灰皿に吸い殻の山が出来ているのが分かる。

「昨日、私の誕生日だったの」

すぐ側に立ち、彼に告げる。
彼は顔も上げず、ああそう、と気のない返事をした。

「覚えておいてねって言ったのに」

私は氷水のバケツを持ち上げ、彼の頭上を目がけて思いっきり振り下ろした。
バケツの中身は見事彼とテーブルの上のMacBookにクリーンヒットした。
彼の自慢のMacBookがバチバチと放電している。


ようやく彼が顔を上げた。
彼は今にも泣きそうな顔をしていた。

「泣きたいのは私の方よ」

私は空になったバケツを持って、うなだれる彼を放って店を出た。
彼はまもなく新しいMacBookを迎え、その誕生日を祝うだろう。
つづら折りの坂道を登りながら、私は生まれ変わった一日目を始めようと思った。
 
2017/06/19(月) 20:31 [001] PERMALINK COM(0) TB(0)