彼の部屋で、私はいつも眠っていた。
「早く起きて」
いつだって彼は同じ言葉で私を起こそうとした。
そして私がふたたび深い眠りにつくまで、それを耳元で繰り返すのだ。
「早く起きて」
私は目を閉じたまま、彼に向かって話しかけた。
「私が永い眠りにつく時も、あなたはそうやって私を起こし続けるんでしょうね」
「そうだね、きっとそうするよ。そして君はやっぱり起きないんだろうね」
「そうよ。あなたは私が眠っているところを、ずっとずっと見てるのよ」
彼が笑った気配がした。
私も笑って、また深い眠りに入ろうとした。
彼はふたたびあの言葉を繰り返し始めた。
「早く起きて」
「早く起きて」
「早く起きて」
「早く起きて」
「早く起きて」
……………
声が止んだ。
目を開けて部屋を見渡した私は、すぐに状況を理解した。
ああ、"失敗"したのだ。
部屋の真ん中にラジオカセットプレイヤーがぽつんと置かれている。
ONのボタンを押してもまったく動かない。
12年分の「早く起きて」が録音されたカセットは、やっと再生を終えたのだろう。
部屋には何も無かった。
ただ、窓に白いカーテンだけが掛けられている。
私はカーテンを引きちぎって体にまとい、床に横たわった。
それから私は、もう二度と起きなかった。
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