その日、最終の電車で彼の住む街に向かった。
車内には疲れた顔をした乗客が数人いたが、この街で降りたのは私一人だけだった。
無人駅を降りて、一本道を北へ進む。
いつだったか彼に聞いたことがある。
この街は 21時にはすっかり眠りについて、誰もいなくなるらしい。
時刻は 0時を過ぎている。当然のように建物の明かりは全て消えていて、人も車も通らない。
電車は私が今乗って来たあの一本が最後だ。
ちょうど 3本めの道路を渡ったあたりで、小さな公園を見つけた。
まだしばらく時間がある。
特に施錠することもなく深夜も開放している公園に足を踏み入れ、どこか座れる場所を探す。
カラフルな滑り台、モザイクタイルで装飾された水の無い小さな噴水、ところどころ木が朽ちて剥がれ落ちているベンチ。
少し考えて、今の私には背の低すぎるブランコに腰を掛けてゆらゆら揺れていると、突然真っ白な猫が現れて膝の上に飛び乗って来た。
「どこから来たの」
白猫はサファイアブルーの瞳をくりっとさせてニャー、と鳴いた。
私はそれを返事と受け取り、猫の頭を撫でた。
「あなた、プールみたいな目の色してるのね」
猫はゴロゴロと喉を鳴らしてまばたきをしている。
よく見ると水色の首輪をつけている。野良猫ではないようだ。
「プールなんて言っても分からないわね」
じっとこちらを見つめている猫を腕の中に抱き寄せ、そっと頬ずりしてみる。
猫は嫌がる様子も見せず、時折ニャー、と鳴いた。
そして私は猫を抱いたまま、いつのまにか眠ってしまっていた。
「ちょっと、起きて」
突然体が揺れた衝撃で目を覚ます。
片目だけ開いて顔を上げると、彼が私の肩をつかんで揺さぶっていた。
「こんなところで寝るなよ、危ないだろ」
髪も服もぐしゃぐしゃの彼が少し怒ったようにたしなめる。
よほど急いで来てくれたらしい。
そこで私は、あるものがいないことに気が付いた。
「ねこ」
「え?」
「白い猫、いなかった?凄く綺麗なブルーの目をした猫」
さっきまで膝の上にいたはずのあの猫がいなくなっていた。
どこに行ったのだろう。家に帰ったのだろうか。
「猫なんていなかったよ。ほら、寒いから早く帰ろう」
彼に手を引き上げられて、ブランコから立ち上がる。
そして後ろ髪を引かれるような思いで公園を出ようとした瞬間、ニャー、とどこかから鳴き声が聞こえた。
「ねこ!」
何か理由があったわけではない。
ただ直感的に、公園の中央にある小さな噴水を見た。
さっきまでは確かに水の無かった噴水に、今は水が満たされている。
駆け寄って、噴水の中を覗き込む。
透明な水、サファイアブルーのモザイクタイル。タイルに描かれているのは、青い目をした白い猫。
水の中から、ニャー、ニャーと鳴き声が聞こえている。
噴水が水しぶきを上げる。
水の中で、さっきの白猫がもう一度「ニャー」と鳴いた。
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