使わなくなったカメラケースの中から、一枚の写真が出てきた。
何かを撮ろうとカメラのファインダーを覗いている彼の背中をこっそり盗み撮りした写真。
それはかつて「この人が好きでたまらない」と思いながらシャッターを押した一枚だった。
今でもこの日のことを鮮明に覚えている。
彼の誕生日。休館中の美術館。空車だらけのコインパーキング。
陸橋の上で、この背中を突き飛ばしたらどうなるだろうと考えたこと。
もちろん、私はそんなことはしなかった。
そして彼は一日中私に背中を見せたまま笑い続けていた。
私はこの日彼がどんな顔をしていたのか、まったく思い出せない。
「あなた、とうとう私のことなんて一度も見なかったわね」
写真の中で背を向けている彼にそう語りかけ、私は写真に火をつけた。
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