今日はこの夏一番の大きな祭りの日だった。
道はすべて通行止めになり、神輿が通る準備をしている。

会えても会えなくても、どちらでもよかった。
ただ顔を見て、遠くから悪態のひとつでもついてやれればそれで満足だった。

そんなことを考えながら、1時間ほど経った頃。
聞き覚えのある声がしたので振り向くと、ちょうど夏らしく浴衣を着た彼が通路奥にある階段から降りて来る最中だった。
しまった、と思いとっさに顔をそらしたが一瞬遅く、彼は私に気付いてそのまま近寄って来た。

「外に出ようか」

無視をするわけにもいかないので、しかたなく頷く。
そのまま裏口の扉を開け、私達は建物の外へ出た。


「今日、会えてよかった」

彼はお面を貼り付けたような笑顔で、見え透いた嘘をついた。
もう騙されるものか。
今日ここに来なければいけなくなったのも、ずっとこの笑顔に騙され続けてきたせいなのだ。

「嘘つき。今すごく面倒くさいって顔してる」

「そんな事思ってないよ」

「嘘よ。だって」

祭のお囃子がエコーのように重なって聴こえる。
私は片耳をふさいで、彼に問いかけた。

「だってあなた、もう私のこと愛してないじゃない」

彼は見たこともないほどすがすがしい笑顔で頷いた。
祭の行列が私達の横を通り過ぎて行く。
あの行列は、これから山の神様のところに帰るのだろうか。
なら、この人も一緒に連れて行ってくれればいいのに。


ふと、視界がぐらりと歪んだ。
お囃子のリズムに合わせて、彼の顔が変化していく。
彼はずっと笑ったままで、自分の顔が変わっていることに気付いていない。
ぐにゃぐにゃと彼の顔が歪み続ける。
そして最後には、彼の顔は狐面に変わってしまった。
 
2017/05/31(水) 18:08 [001] PERMALINK COM(0) TB(0)
 
無事に合流できた私達は、歩いて海に向かうことにした。
彼は半透明なので、バスに乗ることができない。
もちろん気づかれないように乗ることは可能だけれど、優しく正しい彼は決して"ズル"を許さない。


地図を持たずに来たので道が分からなかったけど、不安はなかった。
私には海のにおいが分かる。
きっと彼にも分かるのだろう。
私達は、何も言わずとも同じ方角に向かって歩いていた。

「まっすぐ歩いていけば、いつか海にたどり着くよね」

隣を歩く彼に尋ねた。
半透明の彼はずっと微笑んでいる。
海に着いたらアイスクリームを食べよう。
彼もきっと冷たいアイスクリームが好きなはずだ。


海を目指して。
オレンジの太陽が沈む方角に向かって、ひたすら歩き続ける。
私達の道のりは長い。
 
2017/05/30(火) 18:14 [002] PERMALINK COM(0) TB(0)
 
駅前でずっと彼の幽霊が立っている。

最初は見間違いだと思った。
あの人がこんなところに居るはずがない。
だけど次の日も、その次の日も、一週間が経っても、彼はまだそこに立っていた。

幻じゃない。
彼はずっと待ってくれていたのだ。


行かなきゃ。

私はお気に入りのスニーカーを脱ぎ捨て、裸足になって一目散に走り出した。
両手を広げて待つ、半透明の彼のもとへ。
 
2017/05/30(火) 01:38 [002] PERMALINK COM(0) TB(0)
 
私達は円いテーブルを囲んで座っていた。
参加者は 5人。
この場にいる全員が"訳あり"だ。

「今日はきちんと話し合いたいと思う」
「話し合う?」
「そうだ、話し合いは大切だよ」
「笑わせないでよ」
「この紅茶、砂糖は入っているのかしら」
「僕は砂糖もミルクもいらないって言ったよ」
「そんなことより話を始めよう」
「わたし、ミルクティーじゃないと飲めないわ。今すぐミルクを持ってきてよ」
「あとでクッキーを持ってきてあげるから我慢して」

全員が一斉に好き勝手に喋って、会話にならない。
円卓を囲んで始まった議会は、瞬く間にヒートアップし口論に発展していった。


「ちょっと待って、話がどんどん逸れてる」
「何なの」
「誰が話を逸らしてるんだか」
「とりあえず話を聞こうよ」
「話になんかなってないじゃない」
「一旦落ち着こう。頭を冷やすんだ」
「頭より先に紅茶が冷えるわ!さっさとミルクを持ってきて!」
「待って、僕の話を聞いて」
「さっきから何の話をしてるの?」
「どうせまた誤魔化して、うやむやにするつもりだったんじゃないの」
「違う、僕はただ…」

もはや誰が喋っているのか分からない。
このままこの議会は収拾がつかないのだろうかと思ったその時。


「僕はただ、二人きりで話したかっただけなんだ」

一瞬で部屋が静まり返った。
物音ひとつしない。
全員が気配を殺している。


それから数分が経過した。
誰も身動きせず、発言もしない。

しかたない。
私は小さくため息をついて、口を開いた。

「何でそんなつまらない嘘つくの?」


パチン。
部屋の明かりがついた。
テーブルの上には紅茶の入ったカップが 2つ。
3つの椅子は空席で、正面の席で男がうなだれている。

何てことは無い。
この部屋には、最初から彼と私の二人しかいなかったのだ。
 
2017/05/29(月) 21:49 [001] PERMALINK COM(0) TB(0)
 
とんでもない田舎に来てしまった。
バスは一日に一本、一番近い駅までは 60km もあり、もう何時間も車ひとつ通らない一本道の国道を歩き続けている。
いい加減歩き疲れていると、国道沿いにファミリーレストランが建っているのが見えた。
砂漠に水とはこのことだ。
私は迷うことなくドアを開け、店に入った。


時代遅れの古めかしい店内は、意外にも何組かの客がいて賑わっている。
空席はいくつかあるが、プレートに”店員がお席にご案内いたします”と書かれていたのでしばらく待つことにした。

「いらっしゃいませ」

やっと店員が現れた。
厨房から出てきたのは、うだつの上がらなそうな 40代くらいのウェイターだった。

「一名様ですか?」

ウェイターの問いに頷くと、窓際の一番奥の席に案内された。

「ご注文がお決まりになりましたら…」

注文はもう決まっている。
とにかく、頭がしゃきっとするものが飲みたい。
目の前に置かれたメニューの束の一番上に『コーヒー おかわり自由』と書かれたドリンクメニューがあったので、
それを指さしながらウェイターに注文した。

「コーヒー」

「かしこまりました。セルフサービスになっておりますので、あちらのドリンクコーナーからご自由にお飲みください」

うだつの上がらないウェイターはそう言って下がった。
この店には、どうやら店員はこの男しかいないらしい。
セルフサービスのコーヒーを注文したのは正解だったかもしれない。
男には、ハンバーグを注文したら真っ黒に焦げたホットドッグを出されそうな、そんな危うさがあった。


3杯目のコーヒーを飲んでいる途中、先ほどのうだつの上がらないウェイターが無表情で近づいて来た。

「ラストオーダーになりますが、よろしいですか?」

「まだ 4時よ。この店は夕方に閉めるの?」

「失礼しました」

そう言って、ウェイターは下がった。
なんてうだつの上がらない男だ。
いくら田舎町といえど、どこの世界に夕方で閉店するファミリーレストランがあるというのだ。
私は幾許かの怒りを覚えたが、まだカフェインが足りなかったのでぐっとこらえてコーヒーのおかわりを注ぎに向かった。



12杯目のコーヒーを飲み干し、ふと窓の外を見ると、景色はすっかり暗くなっていた。
そういえば、ずいぶん前から店内の話し声も聞こえない。
また、さっきのウェイターが近付いて来る。

「ラストオーダーになりますが、よろしいですか?」

「そうね。じゃあ、私の最後のお願い、聞いてくれる?」

店内には、もう誰もいない。
ウェイターは不気味な笑いを浮かべ、じっとこちらを見つめている。
私はこの日初めての水を飲み干し、最後のオーダーをした。


「今すぐ消えて。二度と私の前に現れるな、このクソ野郎」
 
2017/05/28(日) 20:39 [001] PERMALINK COM(0) TB(0)