その日私は、いつもより遠くに出かけた。
特に理由は無く、ただ少し遠くまで散歩したいと思ったからだ。
そして帰り道、迷って知らない場所にたどり着いてしまった。
2時間ほど彷徨ったが、どうしても帰り道が分からないので、諦めて道を尋ねることにした。
幸い、人は何人かいる。
その中で、後姿が昔好きだった人に似ている男性がいたので、何となくその人に声をかけた。
「あの、すみません。道をお尋ねしたいのですが」
声をかけると、男性がぱっと振り向いた。
その顔を見て、私は驚いた。
振り向いたのは、ずっと会いたいと願っていたあの人だったのだ。
「ずっと会いたかった」
こんな奇跡のようなことがあるなんて。
嬉しさのあまり、思わず彼に抱きついてしまった。
すると彼が「俺も」と言って、優しく私の髪を撫でた。
「家、すぐそこなんだ。お茶でも飲んで行けよ」
私は喜んで彼に着いて行った。
彼の家は本当にすぐ近くの、3階建ての小さなアパートメントの最上階にあった。
「何もないけど、びっくりするなよ」
そう言いながら彼が鍵を開けて先に入る。
本当に何もない部屋だった。
備え付けと思われる電化製品以外は、家具も、ベッドも、カーテンさえ無い。
物らしい物といえば、床にスーツケースとバックパックが一つずつあるだけだった。
「引っ越しでもするの?」
彼があいまいに頷いて、冷蔵庫からペットボトルを取り出す。
「明日から、海外に行くんだよ、俺」
「いつまで?」
「たぶん、一年くらいかな」
そんな、やっと会えたのに。
そう言いたかったが、彼が微笑みながら私の頭を撫でたので言えなかった。
「帰ってきたら、教えてね」
「おう」
私はお茶を一杯だけ飲んで、離れられなくなる前に部屋を出た。
階段を下りて振り返ると、彼がベランダに出て手を振っていた。
目を細めて手を振る彼に、声を張り上げて訊ねる。
「また会える?」
もうこれっきり二度と会えないのではないかと不安だった。
だけど彼は笑って頷いた。
「当たり前だろ。だって、これは全部お前の夢なんだから」
一瞬で視界が暗転する。
そうだ、全部夢だったんだ。
いつも、彼と別れるところで目が覚める。
目が覚めると彼はいない。
こんなことがもう15年続いている。
だけど何もつらくない。
もう二度と会えないから、こんなにも安心して好きでいられるのだ。
「これが『永遠』なんだわ」
彼の記憶をなぞりながら、私は二度と変わらない永遠を噛みしめた。
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