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バイオリン
目を閉じてまどろんでいると、突然奇妙な音が聴こえてきた。
頭の中で張りつめた糸がビィーンと揺れ続けているような、とてつもなく頭に響く音だった。
一体何の音なんだろう。
音の発生源を探るべく目を開けると、彼が窓際に座って優雅にバイオリンを弾いていた。
「なんなの、その音」
「僕の大事な楽器だよ」
「今はやめてくれない?頭が痛いの」
彼は何も答えずバイオリンを弾き続ける。
耐え切れなくなった私は思わず床を踏みつけて叫んだ。
「もうバイオリンの音なんか聴きたくないわ」
彼は演奏をやめた。
そして憐れむような目で私を見つめて、そっと呟いた。
「これは三味線だよ」
もう一度、彼が持っている楽器をよく見てみる。
それは確かにバイオリンではなく、三味線だった。
「ああ、そうね。わたし、バイオリンだって思い込もうとしていたんだわ」
2017/06/18(日)
16:26
[001]
PERMALINK
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NO SMOKING
「俺はもう何度も禁煙に成功している」
3本目の煙草に火をつけながら彼が言った。
「成功してないじゃない」
堂々と煙草を吸おうとする彼に思わず突っ込んでしまう。
するとその瞬間、彼の顔から笑みが消えた。
「いつでもやめられるって言ってるだろ!」
温厚な彼が初めて私に怒鳴った瞬間だった。
もしかしたら殴られるかもしれない、と思ったが、彼は手を上げることはなかった。
「その気になれば、いつでもやめられるんだよ」
彼がゆっくりとした動作で煙草を吸う。
私も。
その気になればいつでもあなたとの関係をやめられるわ、と思ったが、今度はもう口には出さなかった。
2017/06/17(土)
17:45
[001]
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人間関係
眠らない街で待ち合わせた私達は、路地裏のカフェバーに入った。
店はカウンターで注文と会計を先に済ませるシステムで、
真夜中の0時を過ぎているのにケーキやマフィンなどのスイーツも充実していた。
彼が先にブラウニーとコーヒーを注文する。
私は洋梨のタルトと、飲み物は紅茶と一瞬迷ったけれど、何となくカプチーノにした。
席に着いて間もなく、ウェイターが注文した品を運んできた。
そしてウェイターが去った後、とても重大な秘密を打ち明けるかのように、声をひそめて彼が囁いた。
「実は俺、探偵なんだ」
彼の今日の出で立ちは、黒いセーターに黒いパンツ、白い手袋。
ベージュブラウンのインバネスコートに、チェック柄の鹿撃ち帽まで被っている。
ああ、こんなにも分かりやすい探偵が一体どこにいると言うのだ!
「やっぱり、そう思ってた」
彼はにやりと笑ってブラウニーにフォークを突き刺した。
私はといえば、英国の探偵小説からそのまま出て来たような名探偵を眺めながら、
「やっぱり紅茶にすればよかったかしら」と後悔していた。
2017/06/16(金)
21:02
[001]
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0度
真夜中の幹線道路はひどく静かだった。
ガードレールが途切れるところまで歩こうと思い進み始めたが、このガードレールは一向に終わる気配がない。
永遠に続くかとも思えたガードレール沿いの片隅で、ひどく時代遅れの公衆電話が緑色に光っていた。
受話器を取り、カードを入れてうろ覚えの番号をプッシュする。
『もしもし』
想像していた通りの声が聞こえた。
番号は合っていたようだ。
「明日、会えない?」
『オーケー。0時にいつものところで、どうかな』
「いいわ」
『じゃあ明日、0時に』
「0時に」
言い終えたところで、カードの残り度数を示す数字が0になって電話が切れた。
吐き出されたカードは、この夜と同じくらい真っ暗な色をしていた。
2017/06/15(木)
21:12
[001]
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sleeping bag
「今日は一日、この街を使ってゲームをしよう」
黒のナイトが提案した。
白のナイトは少し考えて、ぱちんと指を鳴らした。
「チェスはどう?」
「クイーンとナイトだけでチェスはできないわ」
「だったら僕たちの勝ちでいいじゃない」
黒のナイトはどこまでも自由だ。
私達は思わず笑う。
「じゃあ次は、あの煉瓦のビルまで競争しましょう」
「いいね。しりとりで言葉の数だけ進めるルールを追加しよう」
「そんなルール初めて聞いたよ。でも楽しそう」
そして私達は、しりとりをしながら数十メートル先の煉瓦のビルを目指し始めた。
もうすぐゴールするという寸前。
突然、二人の動きがぴたりと止まった。
そして彼らはふらふらしながら、煉瓦造りの長い階段の真ん中に座り込んだ。
「とても眠い」
「僕も。もう目を開けていられない」
なんと二人のナイトは私を放って、そのまま眠りこけてしまった。
「信じられない」
思わず声に出して呟いた。
なんてあてにならないナイト達なのかしら。
私はすやすやと眠っている二人を置き去りにして、薔薇の匂いがする小道を一人で歩いて帰った。
2017/06/14(水)
18:28
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