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cold
「今日で最後にしよう」と彼は言った。
「君はもう、僕にとって幽霊のようなものなんだ」
一点の曇りもない笑顔で彼が言う。
まるで悪びれることなく、私の気持ちなど考えようとすらせず。
自分の指先から体がどんどん凍っていくのが分かる。
「君の手はいつも冷たかったよ」
彼がそっと私の手を取った。
私と彼の温度差で、水蒸気が揺らめいている。
灼けた彼の肌を指でなぞって、私は目を閉じる。
沈むことを知らない、真夏の太陽のような人。
冷凍したいほど愛してた。
あなたが傷つくことなんてあるのかしら。
2017/07/03(月)
23:44
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リセット
6月最後の日。
私達は少し遅いティータイムを過ごしていた。
紅茶の時間を計る砂時計はもう落ち切っていて、
壁に掛けた無機質なデザインの時計が逆さに回っている。
「ねえ、あの時計、壊れてるよ」
彼が壁時計を指して言う。
「世界は7月にリセットされるの」
「リセット?」
「時間になれば分かるわ」
彼はとりあえず納得したようだった。
テーブルの上の砂時計も逆さまにして日付が変わるのを待つ。
7月1日まで、残り5分を切った。
「もうすぐだね」
彼が私の手を握る。
私はそれには答えず、時計の秒針を眺めていた。
カチッ。
時計の針が0時を指した。
7月1日。
その瞬間、彼は砂になって世界から消えた。
2017/07/01(土)
23:59
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雨天決行
「雨が降ったら、デートは中止にしよう」
5年前の今日、彼はそう言った。
その時と全く同じトーンで、彼が言う。
「雨が降ったら、別れるのはやめよう」
私は透明な傘で彼と自分とのあいだに境界線を引いた。
これは私と彼の赤道線だ。
この線を境に、私達は二度と交わらない平行線になるのだ。
「たとえ嵐が来てもあなたと別れるわ」
彼が悲しそうな顔をした。
まるでもう彼の側にだけ雨が降っているかのように。
彼が右手に持っている傘を差す。
私も透明の傘を開く。
「空が見える傘も、何の役にも立たなかったわね」
彼の差す傘の内側に、鮮やかな空が広がる。
私達は境界線で向き合いながら、いつまでも別々の空を見ていた。
2017/06/29(木)
21:25
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戴冠式前夜
ショーウィンドウに飾られたミニローズのティアラを見て、急に昔の事を思い出した。
昔はいろいろなものを頭に載せていた。
リボン、シルクハット、ティアラ、薔薇や葡萄で造ったヘッドドレス。
私はいつから頭に何も載せなくなったんだろう?
「君は僕のプリンセスだったからね」
隣を歩く彼がささやく。
「でも、あなたは私の王子様じゃなかったでしょ」
私は思いきり冷ややかな目で彼を睨みつける。
彼は特に気にするふうでもなく、肩をすくめてこう答えた。
「君が指輪を捨てたんじゃないか。もう気にしてないけどね」
本当にもう気にしていないのだろう。
そうだ、私は確かに彼が贈ってくれた指輪を捨てた。
それから薔薇の蔦のリボンで編んだティアラを置いて…。
「ねえ、ところでどうやって茨のリボンを抜け出したの?」
彼が「しまった」というような顔をした。
それと同時にショーウィンドウの中のティアラがめきめきと茨を伸ばしてガラスを破り、
あっという間に彼を締め上げた。
2017/06/28(水)
22:52
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エスケープ
「私、時々あなたに追いかけられて逃げる夢を見るの」
「へえ、どんな?」
「こないだは廃墟になったショッピングモールで、最上階まで追いかけられたわ。
その前は夜のメインストリート、映画館や病院の日もあったわね。でも今日が一番ひどかった」
彼は頬杖をついて続きを促す。
「あなた、全裸で追いかけて来たのよ。空港のゲートで。正気じゃないわ」
夢で見た光景の恐ろしさを思い出して体が震えた。
全裸の男が全力で自分を追いかけてくる恐怖!
しかも夢の中の彼は満面の笑みを浮かべていたのだ。
そう、ちょうど目の前の彼と同じように。
「そりゃ正気じゃないだろうとも」
「どうして?」
「君の頭の中はちょっとした小宇宙だからね。僕なんてちっぽけな存在は、簡単に狂ってしまう」
彼はまだ満面の笑みを浮かべている。
ああ、だめだ。
これは、この目の前の彼も。
「これも、夢の続きなのね」
私は静かに立ち上がり、彼に背を向けて全力で走り出した。
2017/06/26(月)
21:30
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